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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)4880号 判決 1975年2月24日

原告

加藤春子

被告

加藤悦男

ほか一名

主文

(一)  被告加藤悦男は原告に対し、金六〇四万円およびこれに対する昭和四八年八月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告の被告加藤悦男に対するその余の請求および被告大東京火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は、原告と被告加藤悦男との間においては、原告に生じた費用の七分の六を被告加藤悦男の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告大東京火災海上保険株式会社との間においては全部原告の負担とする。

(四)  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告に対し、金七〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一)  被告加藤悦男(以下「被告悦男」という。)

原告の請求を棄却する。

(二)  被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四七年六月一三日午後一時三〇分頃

2 場所 埼玉県熊谷市見晴町荒川河川敷内

3 加害車 普通乗用車(横浜五五み三六一五号)

運転者 被告悦男

4 被害者 訴外亡加藤晃助(以下「亡晃助」という。)

5 態様 被告悦男が加害車の洗車のため荒川へ亡晃助と共に行き、洗車を終えて休憩後、加害車を後退させたときに、加害車の後部直近に寝ていた亡晃助を轢過した。

6 結果 右事故のため、亡晃助は、内臓破裂により、昭和四七年六月一三日午後二時三五分頃死亡した。

(二)  被告らの責任

1 被告悦男は、加害車を所有して自己のため運行の用に供していたものである。

2(1) 被告会社は、同悦男との間に、加害車につき被保険者を同被告、保険期間を昭和四七年二月一日から昭和四八年二月一日まで、保険金限度額を金一、〇〇〇万円とする、自動車対人賠償責任保険契約を締結していた。

(2) 被告悦男は無資力であるので、原告は同被告の被告会社に対する保険金請求権を代位行使する。

(三)  原告の損害

1 亡晃助の逸失利益 金一、〇八〇万円

(1) 亡晃助は、昭和一七年三月二六日生れの健康な男子であつたから、六〇才まで稼働することが可能であるとみられるところ、本件当時一ケ月金一〇万円の収入を得ていたので、生活費として五割を控除し、中間利息を控除すると、逸失利益の事故時の現価は金一、〇八〇万円となる。

(2) 原告は亡晃助の母であるが、亡晃助には配偶者がいないので、同人の死亡によりその権利をすべて相続した。

2 葬儀費用 金三〇万円

3 慰謝料 金四〇〇万円

(四)  損害の填補 金五〇〇万円

原告は、自賠責保険から金五〇〇万円の填補を受けた。

(五)  結論

よつて、原告の未だ填補されない損害は金一、〇一〇万円となるが、原告は被告ら各自に対し、このうち金七〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  被告悦男

1 請求原因(一)および(二)1の事実を認める。

2 同(三)のうち、身分関係を認め、その余の事実は不知。

3 同(四)の事実を認める。

(二)  被告会社

1 請求原因(一)のうち、5の事故前の事情については不知、その余の事実を認める。

2 同(二)のうち、1の事実および2(1)の事実を認め、2(2)の主張を争う。

債権者代位権の行使については、債権保全の必要性(債務者の無資力)、債務者の権利不行使、債権の履行期到来の三要件が必要とされ、この要件は、加害者(債務者)に対する訴訟に代位債務者に対する訴訟が併合された場合であつても緩和されるものではない。而して、仮に被告悦男が本件保険金請求権以外に見るべき資力がないとしても、同被告が本件につき賠償責任を負担した場合には、保険契約に基づき、被告会社に対し填補請求をすることが可能であるから、無資力とはいえない。さらに、被告悦男の賠償額は本訴で係争中であつて、未確定であることが明らかであるから、被告会社の保険金支払義務の履行期は未到来であり、原告の本件代位権行使は、その要件を欠くものというべきである。

3 同(三)の事実は不知。なお、亡晃助と被告悦男は幼少時から兄弟仲が良く、仮に亡晃助が生存していたとしても果して同被告に対し損害賠償請求をなしたかどうか極めて疑わしい状況にあり、かつ、現在原告と同被告との仲は、同被告において原告に対し毎月金四万円の送金を続けていて、親子仲も円満に継続しており、将来は親子同居の予定まである程であつて、消極損害就中慰謝料請求についてはこれを否定されるべきである。

4 同(四)の事実を認める。

三  被告会社の抗弁

(一)  免責

本件事故は、兄である亡晃助と弟である被告悦男との間で発生したものであり、しかも右両名は本件当時同居していたものであるところ、被告会社と被告悦男との間で締結された本件保険契約の自動車保険普通保険約款第二章賠償責任条項第三条第三項には、「同居の親族に対する賠償責任については保険者は填補する責に任じない」旨の免責条項があるから、事件事故につき被告会社には保険金支払義務がない。

(二)  過失相殺

仮に被告会社に保険金支払義務ありとしても、亡晃助にも加害車の後部直近で寝ていた過失があるので、過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する原告の答弁

被告ら主張の事実を認め、法的主張を争う。

本件保険約款に免責条項の一つとして「同居の親族」を含ませたのは、同居の親族間では相互の出費は同一生活共同体に存する協力扶助義務によるべきであるとの趣旨に基づくものか、または同居の親族間に発生した損害賠償請求権の行使は家族生活共同体が破綻なく維持されている限りその現実的行使はおよそ考えられないとする権利濫用の理論に基づくものと考えられるので、約款の「同居の親族」とは、単に親族が同一家屋に居住しているだけでは足らず、同一の生活共同体を構成するようなものを意味するものと理解すべきものであるところ、被告悦男は、本件事故のわずか二ケ月前に引越して来て、その居住先が決まるまでの間、一時的に亡晃助のアパートに居住したものにすぎず、かつ同被告と亡晃助とは生計を全く別にしていたものであるから、同一の生活共同体を構成していたとはいえず、免責条項の「同居の親族」には当らないものというべきである。

五  原告の再抗弁

(一)  本件免責条項は、被保険者たる被告悦男に一方的に不利益な規定であるから、公序良俗に反して無効である。

(二)  本件免責条項を含む約款は、被告会社において一方的に作成し印刷されたものであつて、保険契約締結に際して、被告会社から何ら被告悦男に通告されず、同被告は右免責条項があることも知らないまま契約を締結した。右免責条項は、厳格な意味の「同居の親族」の場合しか適用がない規定であるにも拘らず、被告会社ではただ漫然と挿入していたものにすぎない。従つて、右免責条項は、いわゆる例文であつて、本件のような場合には適用されないものというべきである。

六  再抗弁に対する被告会社の答弁

すべて争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)のうち、5の本件事故前の事情を除き、その余の事実は各当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

(一)  被告会社の責任

1  請求原因(二)のうち、被告悦男が加害車を所有し自己のため運行の用に供していたこと、および被告会社が被告悦男との間で原告主張の保険契約を締結したことは、被告会社との間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同被告が現在無資力の状態にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告会社と同悦男との間に締結された保険契約約款中に「同居の親族に対する賠償責任については保険者は填補する責に任じない」旨の免責条項があること、および本件事故が弟である被告悦男と兄である亡晃助との間に発生したものであり、右両名が本件当時同居していたことは被告会社との間に争いがない。

3  原告は、右免責条項の「同居の親族」とは、単に親族が同一の家屋に居住しているだけでは足らず、同一の生活共同体を構成している場合を意味するものと解すべきところ、被告悦男は一時的に亡晃助と同居したにすぎず、生計も異にしていたから、右免責条項には該当しない旨主張するので考える。

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

亡晃助は、もと横浜市の自宅で訴外株式会社オリエンタル工芸(以下「訴外会社」という。)の塗装関係の仕事をしており、被告悦男は、もと半蔵門会館でボーイとして働き、原告を含めて三人で生活し、その生活費を亡晃助と被告悦男とが負担していた。ところが、亡晃助が、自宅の仕事場が狭いために、昭和四六年一〇月頃熊谷市に移り、六畳一間、四畳半一間および台所のあるアパートを借りて住み、訴外会社の熊谷工場で仕事をするようになり、同人から人手が足りないから仕事を手伝つてほしい旨の依頼があつて、被告悦男は、原告を横浜に残し、昭和四七年四月半頃家財道具を持つて熊谷市の前記アパートに移つて亡晃助と同居して、訴外会社の熊谷工場で塗装関係の仕事をするようになつた。被告悦男が熊谷市に移つてからは、生活費は同被告と亡晃助とが出し合つており、同被告にはいずれ将来は独立して生活しようとの心づもりはあつたが、これはあくまでも漠然としたもので、本件事故当時何ら具体性をもつておらず、また、亡晃助にも結婚するなどの具体的な予定はなかつた。そして、同被告と亡晃助との兄弟仲は極めて良好なものであつた。

以上の事実が認められる。右事実によれば、被告悦男と亡晃助とは、本件事故当時同一の生活共同体を構成していたものと認められるので、原告の前記主張は、その前提においてすでに失当であつて、採用できない。

4  原告は、また、本件免責条項は、被保険者たる被告悦男に一方的に不利益な規定であるから公序良俗に反し無効である旨および右免責条項はいわゆる例文であつて、本件のような場合には適用されない旨主張するが、前記事実関係および普通契約約款の性質に鑑み、原告らの主張はいずれも採用の限りでない。

5  以上のとおり、原告の被告会社に対する本訴請求は、その余の主張について判断するまでもなく、理由がないことに帰するので、以下被告悦男に対する請求について判断する。

(二)  被告悦男の責任

被告悦男が加害車を所有し自己のため運行の用に供していたことは同被告との間に争いがない。

また、本件事故の態様が、被告悦男が加害車の洗車のため荒川へ亡晃助と共に行き、洗車を終えて休憩後、加害車を後退させたときに、加害車の後部直近に寝ていた亡晃助を轢過したものであることは、被告悦男との間に争いがない。

右事実によれば、亡晃助にも落度があつたことは明らかであるので、原告の損害につき二割の過失相殺をする。

三  原告の損害

(一)  亡晃助の逸失利益と原告の相続 金一、〇八〇万円

1  その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき〔証拠略〕によれば、亡晃助が昭和一七年三月二六日生まれの健康な男子で、本件当時一ケ月金一〇万円、年収に換算して金一二〇万円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、亡晃助は、本件事故に遭遇しなければなお三七年間は稼働可能であると推定され、昭和四八年四月一日以降の同人の収入を、右年収額に当裁判所に顕著な労働省の昭和四八年賃金構造基本統計調査の全産業、全男子労働者の平均賃金の前年度のそれに対する上昇率を乗じて算出し、さらに昭和四九年四月一日以降の同人の収入を、右のように算出した昭和四八年の年収に当裁判所に顕著な昭和四九年の前年に対する平均賃金の上昇率三割を乗じて算出し、生活費分として二分の一を控除し、ライプニツツ方式により中間利息を控除して同人の逸失利益を算出すると、二割の過失相殺をしても、なお原告の主張する金一、〇八〇万円を下ることはないことが認められる。

2  原告が亡晃助の母であることは被告悦男との間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、亡晃助には父および妻子がないと認められるので、同人の右逸失利益を原告がすべて相続したものというべきである。

(二)  葬儀関係費用 金二四万円

〔証拠略〕によれば、亡晃助の葬儀を原告が執行したことが認められ、その費用として金三〇万程度を要したものと推定されるが、これに二割の過失相殺をするので、被告悦男に請求しうべき分は金二四万円となる。

(三)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、被告悦男が、本件事故以前から亡晃助とともに原告の生活費を送金していたこと、本件事故後の昭和四七年六月末頃原告が熊谷市へ引越して同被告と同居し、原告が無職であるため、その生活費は同被告が負担してきたこと、同被告が昭和四九年二月に結婚したため、最近は一時同被告とその妻とが二人きりで生活することとし、原告と同被告とは別居しているが、その間原告の生活費は同被告が送金しており、いずれは再び同居する計画になつていること、原告と同被告との仲は従前どおり良好であること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実に、前認定の諸事情を併わせ考えると、本件事故による原告の精神的苦痛は、十分慰謝されているものと認められる。従つて、原告は被告悦男に対し、慰謝料を請求することはできないものというべきである。

損害の填補 金五〇〇万円

原告が、自賠責保険から金五〇〇万円の填補を受けたことは被告悦男との間に争いがない。

五  結論

以上述べたところによれば、原告の未だ填補されない損害は金六〇四万円となるので、原告の本訴請求は、被告悦男に対し右金員とこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年八月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告悦男に対するその余の請求および被告会社に対する請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

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